皮鯨茶碗(須田祥豊)・織部茶碗(佐藤和子)

 

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須田祥豊(すだしょうほう)

一八八五(明治十八)年~一九七四(昭和四十九)年。

家業である製陶業に従事し、明治時代末期頃には「祥雲」と称し、茶陶制作を始めるようになりました。裏千家十四世淡々斎宗室より「祥豊」の号を授与されて以後、祥豊と名乗るようになりました。また西本願寺大谷尊由師より「示巧軒」の号を、大徳寺管長円山伝衣師からは如拙庵」の号を受けています。国焼や高麗の写しを得意としており端正な作風には高い評価を得ています。名品を数多く残し、現代の名工とされています。

 

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紫野焼 黒茶碗

紫野焼きの黒茶碗を買いました。

むらさきの、と読むらしい。

 

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松雲

臨済宗の僧。大徳寺四百八十六世。石川県生。法諱は玄芳、道号は宗般、松雲は室号金沢高厳寺出家山城円福寺の伽山全楞(大徳寺四百八十二世)に参禅中原南天棒印可を受ける。熊本見性寺円福寺住んだのち大徳寺派管長となる。書・和歌能くし、歌集『毒集』がある。市井に「布袋さん」の愛称を持つ。大正11年(1922)寂、75才。
 
大徳寺515世管長・大徳芳春院二十二世・大徳寺塔頭三玄院住職・藤井誡堂(1898 - 1984
戦後より大徳寺の復興に瑞巌、雲窓らとともに尽力を示す。
特に茶陶に深い造詣を持ち、京焼陶工を指導して、江戸時代の紫野焼復興に功績を示す。
自作の茶碗、茶杓、茶掛書も数多く製作。茶席では大徳寺歴代管長の中でも高い人気を誇る。

 

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緩衝材、多すぎ。